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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)691号 判決

原告

春名江吏子

被告

丸山護

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一三七万三八五六円及びうち金一二二万三八五六円に対する平成四年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金七五〇万二一一六円及びうち金六八五万二一一六円に対する平成四年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故により傷害を負つた原告が、被告丸山護(以下「被告丸山」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告中本昌良(以下「被告中本」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、被告両名の債務は、不真正連帯債務である。

また、付帯請求は、弁護士費用を除く損害に対する後記交通事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時

平成四年三月九日午後七時二〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市東灘区青木五丁目一二番五号先 信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告は、普通乗用自動車(大阪三三ほ三三〇八。以下「原告車両」という。)を運転して、本件交差点を東から北へ右折しようとしていた。

また、被告丸山は、普通貨物自動車(神戸四五ふ二一三四。以下「被告車両」という。)を運転して、本件交差点を西から東へ直進しようとしていた。

そして、被告車両の前部が、原告車両の左側面に衝突した。

2  責任原因

被告丸山は、被告車両の運転につき過失があつたから、民法七〇九条による損害賠償責任がある。また、被告中本は、被告車両の保有者であるから、自動車損害賠償保障法三条による損害賠償責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺

2  原告に生じた損害と本件事故との因果関係

3  原告に生じた損害額

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件事故の態様及び過失相殺)

(一) 被告らの主張

被告丸山が、被告車両を運転して本件交差点に進入した時、本件交差点の東西方向の信号は黄色であつた。

したがつて、原告には、原告車両を運転して本件交差点を右折するに際し、対向車線から本件交差点に直進進行してくる車両を確認すべき注意義務を怠つた過失があるから、相応の過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告の主張

被告丸山が、被告車両を運転して本件交差点に進入した時、本件交差点の東西方向の信号は赤色(ただし、右方向の青色の矢印により右折可)であつた。

そして、原告は、右信号にしたがつて右折しようとしていたのであるから、原告には何ら過失は存在せず、過失相殺をすべきではない。

2  争点2(原告に生じた損害と本件事故との因果関係)

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により、右大腿打撲、右肩打撲、頚肩腕症候群、左側顔面三叉神経痛、腰痛右大腿部痛発症等の傷害を負つた。

そして、これらの傷害は本件事故前には生じていなかつたから、これらの傷害によつて原告に生じた損害と本件事故との間には、因果関係が存在する。

(二) 被告らの主張

原告主張の傷害のうち、頚肩腕症候群、左側顔面三叉神経痛、腰痛右大腿部痛発症の存在を否認する。

なお、原告主張の損害は椎間板ヘルニアにより生じたもので、本件事故との間には因果関係は存在しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様及び過失相殺)

1  原告車両の進行状況等

前記争いのない事実と、甲第一〇号証、第一五号証、乙第一八、一九号証、原告本人尋問の結果とを総合すると、原告車両の進行状況等について、次の事実を認めることができる。

(一) 本件交差点に至る東西道路は、片側四車線、両側合計八車線の道路であり、原告車両が走行していた西行き道路は、本件交差点手前で五車線に増加している。そして、道路の左側端から数えて一番目の車両通行帯は直進車及び左折車用、二番目及び三番目の車両通行帯は直進車用、四番目の車両通行帯は直進車及び右折車用、五番目の車両通行帯は右折車用とする旨の道路標識がある。

原告は、原告車両を運転し、道路の左側端から数えて四番目の車両通行帯を走行して本件交差点に至り、北へ右折するため、交差点中央部の右折車のために設けられた一時停止線の手前で、同車両通行帯の右折車の先頭車両として停止した。

これと同じころ、訴外久保義明(以下「訴外久保」という。)運転の普通乗用自動車は、道路の左側端から数えて五番目の車両通行帯を走行して本件交差点に至り、北へ右折するため、交差点中央部の右折車のために設けられた一時停止線の手前で、原告車両の東側に並んで、同車両通行帯の右折車の先頭車両として停止した。

(二) 原告及び訴外久保は、対面信号が黄色から赤色(ただし、右方向の青色の矢印により右折可)に変わつたのを認め、右折を開始した。

なお、この時、原告は、対面東行き車線の道路の左側端から数えて一番目及び二番目の車両通行帯を走行する直進車が、対面の赤色信号にしたがい、本件交差点西側の停止線で停止し、前照灯の光度を減じるのを認めた。

(三) 原告車両が右折を開始してから約八・七メートル進行した時、西から被告車両が直進してきて、その前面が原告車両の左側面に衝突した。したがつて、右衝突の時点では、原告車両はそれほど速度が上がつていなかつたことを推認することができる。なお、この際、原告は、右衝突の直前まで被告車両を認識していない。

原告車両は、この衝突の衝撃で、右衝突地点から北に約八・二メートルの地点まで移動して停止した。なお、右停止時には、原告車両は南向きになつており、右衝突から右停止までの間に約一八〇度の回転運動をした。

(四) 他方、訴外久保は、自車を発進させた直後に、対向車線から直進してくる被告車両を認めた。そこで、直ちに自車に急制動の措置を講じたが及ばず、原告車両と衝突した後の被告車両と衝突した。

訴外久保運転車両の停止位置から訴外久保が被告車両を認識した地点までの距離は約二・八メートルであり、右地点から右衝突地点までの距離は約二・八メートルである。

2  被告車両の進行状況

前記争いのない事実及び1で認定した事実と、乙第一八、一九号証、被告丸山の本人尋問の結果とを総合すると、被告車両の進行状況について、次の事実を認めることができる。

(一) 被告丸山は、被告車両を運転し、道路の左側端から数えて三番目の車両通行帯を西から東へ走行して本件交差点に至つた。

なお、本件交差点に至る東西道路の最高制限速度は四〇キロメートル毎時であるが、被告丸山は、これを上回る六〇キロメートルないし七〇キロメートル毎時の速度で被告車両を運転していた。

(二) 被告丸山は、本件交差点西側の停止線の手前約五七・五メートル(原告車両との衝突地点の西約九七・五メートル)の地点で、対面信号が黄色であることを認めた。

したがつて、(一)の速度を前提にすると、被告丸山が対面信号が黄色であることを認めた時から、本件交差点西側の停止線に至るまでは、三・五ないし三・〇秒(小数第一位未満は四捨五入。以下同様。)、衝突までは五・九ないし五・〇秒である。

(三) 被告丸山は、右対面信号の表示に対して何も対応せず、そのまま漫然と直進して、本件交差点に至つた。

被告車両は、まず、その前面が原告車両の左側面に衝突した。その後、その衝突の衝撃で反時計回りに約九〇度回転し、北向きに方向を変え、その右側面後部を訴外久保運転車両の前面左端に衝突させた。そして、そこから北へ約五・六メートル移動し、南向きに停止した原告車両の直前で停止した。

3  過失相殺

右認定の原告車両の進行状況等及び被告車両の進行状況によると、被告車両が本件交差点に進入した時には、すでに対面信号は赤色(ただし、右方向の青色の矢印により右折可)に変わつた後であつたことを推認することができる。

これに対し、被告らは、被告車両が本件交差点に進入した時には対面信号は黄色であつた旨主張し、被告丸山の本人尋問の結果の中にはこれに沿う部分がある。しかし、同被告の本人尋問の結果の中には、被告車両が本件交差点に進入した時、対面信号が黄色であつたと断定することはできないとする部分もあり、同被告の本人尋問の結果のうち、右推認に反する部分は到底信用することができない。

そして、右認定の本件事故の態様、特に、原告は信号の表示にしたがつて右折を開始し、被告丸山は信号の表示に反して直進したこと、東行き車線を被告車両に先行して走行していた他の車両が本件交差点西側の停止線で停止したにもかかわらず、被告丸山は本件交差点を直進しようとしたこと、右停止線は、本件交差点の中心の原告車両と被告車両との衝突地点から約四〇メートル西側にあつて、本件交差点は非常に大きなものであること、原告車両のみならず、訴外久保運転の車両も西行き車線を右折しようとしていたことなどによると、原告に過失相殺の対象とすべき過失を認めることはできず、本件事故は被告丸山の一方的過失によつて引き起こされたものであると評価することができる。

したがつて、過失相殺に関する被告らの主張は失当である。

二  争点2(因果関係)

1  前記争いのない事実及び争点1に対する判断で認定した事実と、後記各書証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨とを総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故当日、原告は、神戸市東灘区の甲南病院で、右大腿、右肩打撲との診断を受けた。原告が同病院に通院したのは、本件事故当日(平成四年三月九日)と翌日(同月一〇日)の二回であり、治療内容は、レントゲン写真を撮影する他は、右傷害部分への湿布及び外用薬の処方であつた(乙第一、第二号証)。

(二) 原告は、同月一一日から平成五年八月六日まで、大阪府東大阪市の村井医院に通院した(実通院日数一一〇日)。

右初診時、原告は、全身(特に右大腿、右上肢、胸壁、左下腿、頚部、顔面)に疼痛を訴え、右大腿・右上肢・胸壁・左下腿・顔面の打撲創、右上肢・胸壁の皮下出血、両膝蓋腱反射の低下、右記載の疼痛が認められ、全身打撲との診断を受けた。この時、右医院の医師は、原告に、一週間程度の安静を求めたが、原告は、仕事の関係で安静は不可能である旨回答し、治療の内容は、内用薬の注射、外用薬の投与が中心であつた。

その後、平成四年三月一八日ころから、原告の右足底のシビレ感が顕著となり、理学療法が加えられた(甲第四号証、乙第一一ないし第一三号証)。

(三) 原告の右症状のうち打撲は徐々に緩解をみたが、疼痛及びシビレ感には変化がなかつたため、村井医院の医師の勧めにより、原告は、同年四月七日から同年六月一六日まで、大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院に通院した(実通院日数六日)。

同病院では、原告に、頚部及び頭部のMRI(磁気共鳴コンピユータ撮影)検査を施行したが、異常は認められなかつた。そして、その後、同年五月一九日施行の腰部のMRI検査により、原告の第四、第五腰椎間に軽度の椎間板ヘルニアが認められたが、本件事故との関係は不明である旨の診断がなされた(甲第四号証、乙第三ないし第九号証)。

(四) 村井医院では、淀川キリスト教病院の右診断に基づき、同年六月一八日、理学療法を中心とした椎間板ヘルニアの治療を開始した。

そして、一年以上の治療の後、平成五年七月一五日には全身打撲について治癒、同年八月二日には椎間板ヘルニアについて症状固定の診断を下した(乙第一三ないし第一七号証)。

(五) 原告は、これとは別に、平成四年三月一七日から同五年七月二七日まで、神戸市中央区の神戸東洋医学センターに通院し(実通院日数八九日)、右センターの施術担当者から、頚肩腕症候群、左側顔面三叉神経痛、腰痛右大腿部痛発症の診断を受けた。

なお、右センターの施術担当者は医師ではなく、柔道整復師の資格を有する者で、その施術の内容は鍼灸術及び柔道整復術であつた(甲第二号証の一ないし三、五ないし七、第三号証の一ないし四、第一一号証。なお、甲第二号証の四は、他の書証との関係から、施術期間及び施術実日数の欄の記載に誤記があり、甲第一一号証が正しく記載されたものであると認められる。)。

2(一)  右認定によると、原告は、本件事故後、全身打撲及び椎間板ヘルニアの治療を受けていたということができる。

なお、原告に頚肩腕症候群、左側顔面三叉神経痛、腰痛右大腿部痛発症の診断を下したのは、医師の資格を持たない神戸東洋医学センターの施術担当者のみであるが、原告については医師により全身打撲との診断もなされており、右認定の原告の具体的な症状によると、頚肩腕症候群、左側顔面三叉神経痛、腰痛右大腿部痛発症は、いずれも全身打撲にともなうものであると解される。

(二)  原告の右傷害のうち、全身打撲と本件事故との間に因果関係が存在することは明らかである。

そこで、以下、椎間板ヘルニアと本件事故との間の因果関係について検討する。

(1) 椎間板ヘルニアの存在については画像検査等により客観的な異常所見が得られること、椎間板ヘルニアは加齢的変化によつても発症することがあるが、その発生原因は医学的には未だ解明されていないこと、交通事故の後に椎間板ヘルニアが発症することがあること、この場合にも、椎間板ヘルニアと交通事故による外傷との医学的因果関係は不明であるとの診断が下されるのが一般であることは、いずれも当裁判所に顕著である。

そして、不法行為による損害賠償請求にあたつては、被害者である原告が、加害者の加害行為と自らの被つた損害との間に相当性を有する因果関係があることを主張・立証する必要があるところ、右に述べたように、椎間板ヘルニアは加齢的変化によつても発症することがあつて、その発生原因は医学的には未だ解明されていないのであるから、原告が主張するように、本件事故前には原告には椎間板ヘルニアが発症していなかつたとの一事をもつて、これと本件事故との間に相当因果関係があるとすることはできない。

しかし、他方、相当因果関係の存否は、専門家による科学的な所見をも参考にしつつ、最終的には、法的な評価の問題として、裁判所による自由で、かつ、合理的な心証形成に委ねられているのであるから、被告らが主張するように、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との因果関係は不明であるとの診断が下されている(乙第五号証)との一事をもつて、相当因果関係が認められないとすることもできない。

結局、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との間の因果関係の存否は、右の点を念頭において、本件事故が原告に与えた衝撃の程度、受傷後の原告の症状、治療経過等一切の事情を総合的に判断して決するのが相当である。

(2) 右認定の本件事故の態様、特に、原告車両は、本件事故当時、それほど速度を出していなかつたこと、原告車両は、本件事故の衝突の衝撃で、衝突地点から北に約八・二メートルの地点まで移動して停止したこと、右衝突から右停止までの間に原告車両は約一八〇度の回転運動をしたこと、被告車両の本件事故直前の速度は六〇キロメートルないし七〇キロメートル毎時であつたこと、被告車両は、原告車両との衝突後、さらに、訴外久保運転の車両に衝突したことによると、本件事故が原告に与えた物理的な衝撃度は、相当激しかつたものであると推認することができる。

また、少なくとも本件事故から二日後の平成四年三月一一日には、原告は医師に全身の疼痛を訴えており、同年五月一九日施行の腰部のMRI検査により、原告の第四、第五腰椎間に軽度の椎間板ヘルニアが認められているから、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故の直後から発症したということができる。なお、乙第三、第四号証によると、右MRI検査に先立つて行われた二度のMRI検査は、頚部及び頭部に対してなされたもので、腰部に対してなされたものではないことが認められるから、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故の直後には発症していなかつたとすることはできない。

(3) 他方、甲第一〇号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告は獣医であり、大阪府東大阪市で獣医院を経営していること、右獣医院の獣医師は原告一人であること、原告は、仕事の関係上、一〇キログラム程度の携帯品を常に持ち歩く必要があること、原告は、本件事故後、長時間立ち続けることが苦痛であつたため、手術の依頼を断わつたこともあつたことが認められる。

なお、被告らは、神戸東洋医学センターでなされた柔道整復術が治療延遷の理由となつている旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告が獣医師で、動物の身体構造に関する知識があること、右柔道整復術は原告の疼痛を和らげるのに一定の効果があつたことが認められるから、被告らの右主張を採用することはできない。

(4) (2)で認定した事実によると、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故が発症機転となつて出現したものであり、本件事故との間に相当因果関係が存在すると解するのが相当である。

他方、(1)で述べたように、椎間板ヘルニアの発生原因は医学的には未だ解明されておらず、(3)で認定した事実と、1(二)で認定したとおり、平成四年三月一一日には、村井医院の医師は、原告に、一週間程度の安静を求めたこととを併せ考えると、本件事故後、原告が安静をせずに獣医師の仕事を続けたことや原告の身体的素因が、椎間板ヘルニアの増悪の一要因となつたことを推認することができる。

そして、このような場合には、いわゆる割合的因果関係があるものとして、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用するのが相当であり、右認定の一切の事実を前提にすると、原告に生じた損害の六割を本件事故に基づく損害として被告らに負担させるのが相当である。

三  争点3(原告の損害額)

争点3に関し、原告の主張する損害額は別紙の請求額記載の金額のとおりである。なお、争点1に対する判断で判示したとおり、本件においては過失相殺は認められないので、以下、未払額のみを検討することとする。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、別紙の認容額記載の金額を原告の損害として認める。

1  損害額

(一) 治療費

甲第三号証の一ないし四、第五号証によると、治療費として金九万九〇八〇円を要したことが認められる

なお、前記のとおり、神戸東洋医学センターでなされた施術は原告の疼痛を和らげるのに一定の効果があつたことが認められるから、同センターの治療費も本件事故による損害と認める。

(二) 交通費

(1) タクシー代

甲第九、第一〇号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告は本件事故前は、神戸市東灘区の自宅から大阪府東大阪市の獣医院への通勤に自家用車を使用していたこと、原告は、本件事故による疼痛のため、しばらくの間、自動車を安全に運転することが困難になつたこと、本件事故後、被告らから代車の提供があつたが、原告が自動車を運転することが困難であつたために、結局その代車を平成四年三月一一日の一日間しか使用していないこと、原告は、仕事の関係上、一〇キログラム程度の携帯品を常に持ち歩く必要があり、自動車の使用が必要不可欠であつたこと、原告の請求する交通費のうちタクシー代金六七万五四八〇円は、同年四月一五日から五月一一日までの分であること、右タクシー代は、通院に使用したものの他に、原告の自宅から職場への通勤に使用したものなども含まれていることを認めることができる。

なお、原告は右タクシー代を「通院交通費」として請求しているが、右認定のとおり、右タクシー代の中には通院に関係のないものも含まれている。しかし、右認定事実によると、原告には、通院の時のみならず、通勤の時も含めて、自動車の使用が必要不可欠であつたと認められるから、右タクシー代は本件事故による損害であるとすることができる。

ただし、右認定のとおり、右タクシー代の中には通勤時のものも含まれているところ、原告は本件事故前は通勤に自家用車を使用しており、タクシーの利用によつて、自家用車のガソリン代その他の維持費の支出を免れていることは原告の主張のみから明らかであるから、これに相当する分を控除して、その残余を本件事故と因果関係のある損害とするのが相当である。

そして、弁論の全趣旨によると、本件事故と因果関係のある損害を右タクシー代金六七万五四八〇円の七割とするのが相当であると認められるから、右損害額は、次の計算式により、金四七万二八三六円となる。

計算式 675,480×0.7=472,836

(2) 駐車場使用料金

原告は、平成四年五月二二日から同五年一二月二一日までの通院に要した駐車場使用料金二万五九三〇円を請求する。

このうち、甲第一四号証の二ないし六五により、原告の椎間板ヘルニアの症状固定の日である平成五年八月二日までの分金二万一一三〇円を、本件事故による損害と認める。

(3) ガソリン代及び高速道路通行料金

原告は、平成四年五月二二日から同五年一二月二二日までの通院に要したガソリン代、高速道路通行料金合計金九万五一二六円を請求する。

しかし、ガソリン代については、本件全証拠によつても、ガソリンの値段、総走行距離、ガソリン一リツトルあたりの走行距離を客観的に認定することができない。また、高速道路通行料金については、原告の請求の中には、職場への往路又は帰路に通院した際の高速道路通行料金も含まれており、これを通院のみの際の高速道路通行料金と区分することができない。

したがつて、ガソリン代及び高速道路通行料金を独立した項目としては認めず、ただ、弁論の全趣旨によると、原告には、これに関して何らかの支出が生じたことが認められるので、これを慰謝料算定の一事由として考慮することとする。

(4) 代車借入れの謝礼

甲第九号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、平成四年五月二二日ころには自分で自動車を安全に運転することができるようにまでは症状が回復したこと、原告車両は本件事故により全損したこと、このため、原告は、同日から同年九月二二日まで知人から自動車を借入れたこと、右借入れの謝礼として金一〇万円を支払つたことが認められる。

ところで、自動車が全損した場合、代車を使用することが必要なときには、新車を購入するのに必要な期間に対応する代車料を損害として認めるのが相当であると解される。

しかし、本件においては、本件事故が平成四年三月九日に発生したことは当事者間に争いがないところ、原告の請求する代車料は、同年五月二二日から九月二二日までの分であつて、すでに、新車を購入するのに必要な期間を経過した後の分であることが明らかである。

したがつて、本件においては、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求する代車料を損害として認めることはできない。

(5) 以上によると、(1)および(2)の合計額金四九万三九六六円が、交通費として認められる。

(三) 通院慰謝料

争点2(因果関係)に対する判断の1で認定した原告の傷害の部位及び程度、治療の内容、原告の通院状況並びに前記(二)及び後記(四)記載の慰謝料を算定するにあたつて考慮することとした事由によると、通院慰謝料を金一三〇万円とするのが相当である。

(四) 休業損害

甲第一〇号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の前年である平成三年の三月の原告の売上金額は金八〇万五九〇〇円であつたこと、本件事故のあつた平成四年三月の原告の売上金額は金六三万二〇〇〇円であつたこと、平成四年四月以降は、原告の努力及び第三者の協力により原告にはさしたる収入減は生じなかつたことが認められる。

そして、休業損害は、現実に収入の減少が生じたときにそれを填補するものとして初めて認められるべきところ、本件のように、原告の努力及び第三者の協力により現実に収入の減少が生じなかつたときは、これを慰謝料算定の一事由として考慮することは格別、休業損害としては認めることはできない。

したがつて、本件においては、平成四年三月分についてのみ、右認定の同三年三月の売上金額金八〇万五九〇〇円と同四年三月の売上金額金六三万二〇〇〇円との差額金一七万三九〇〇円を基礎に、原告の休業損害を算定すべきこととなる。

ところで、右差額は売上金額に関するものであるところ、甲第八号証によると、平成三年の原告の収入金額は金九六〇万七七五五円であり、同じく所得金額は金三五六万〇三八五円であることが認められるから、年間の経費はその差額の金六〇四万七三七〇円であり、月間の経費はその一二分の一の金五〇万三九四七円(円未満切り捨て。以下同様。)であると推認することができる。

また、原告本人尋問の結果によると、原告の経費のうち、七、八割が固定費であることを認めることができるから、月間の流動経費を右月間の経費金五〇万三九四七円の二割五分として、これを金一二万五九八六円と推認することができる。

そうすると、次の計算式により、原告の休業損害は、金一四万六七一四円となる。

計算式

(五) 小計

(一)ないし(四)の合計は、金二〇三万九七六〇円である。

2  割合的因果関係

争点2(因果関係)に対する判断で判示したとおり、本件においては、いわゆる割合的因果関係があるものとして、原告に生じた損害の六割を、本件事故に基づく損害として被告らに負担させるのが相当である。

したがつて、被告らが負担すべき損害は、次の計算式により、金一二二万三八五六円である。

計算式 2,039,760×0.6=1,223,856

3  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金一五万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(遅延損害金の始期については原告の主張による。)、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別紙

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